季節のおはなし
一番重要なのはどの季節にどの野菜が本当の旬か、ということ。
Q:内田さんは日本野菜と日本の四季を「二十四節気(にじゅうしせっき)」という暦の考え方にのっとってその関係を大事にされておられます。ぜひその考え方について教えてください。
内田―――私が20代前半のフレンチの料理人見習いだった頃に気づいた事が「料理にとって重要なのは春夏秋冬の中でどの野菜が食材として一番合うかということでした。それを知らないで旨い料理、最適な料理はできない」でした。現代は栽培方法が進化しているのでやや季節に関係なく様々な野菜が青果店に並んでいますが、本来日本の自然環境の中では真冬にピーマンやナスは作ることができません。日本では、季節による自然の変化を暦の「二十四節気」という言葉で示しています。1年12か月の中に、実は24の季節の移ろいがあることを示したものです。日本では季節に名を付け示し、また畑で働く者も、町で商いをするものも、武士も、坊主も、子を育てる親たちも、この「二十四節気」で一年の時を共有したのです。
内田―――「二十四節気(にじゅうしせっき)」というのは太陽の動きをもとにした季節の表し方で、太陽が一番高い「夏至」、一番低い「冬至」、その中間にある昼夜の長さが同じ「春分」と「秋分」と、一年を4つに分けます。春夏秋冬がそれぞれ三ヶ月ずつとなります。そしてさらにひとつの月に2つの季節が存在することが示されています。
内田―――具体的に言うと、「二十四節気」で仕分けられた春は2月から4月。2月には「立春」と「雨水」という季節があります。全部で24の季節があることになるのです。この考え方を暦における「二十四節気」と言います。
内田―――今は人間の都合で技術的にいろいろと変えてしまう部分もありますが、私は本来の自然野菜の能力を発揮させてあげることが何よりも大切だと思います。春には芽吹き、夏には青葉が茂り、秋には枯れるというこのエネルギッシュなサイクルは人には簡単に作り出せません。私は野菜ってすごいなあ、といつも思ってきました。暦で使う「二十四節気」という季節の表現は、時を自然環境で捉える独特の言葉たちです。野菜との付き合いを続けていくうちに、この季節を表すこの言葉をもとに「南北縦に長い日本の国土のどの季節にどこの地域のどの野菜がどういう時期なのか」を見極め、知ることが、野菜本来の力と寄り添い、おいしい料理を作る基礎なのだと考えるようになりました。これからする話を皆さんの頭の片隅においてもらって、日々、野菜と付き合って下さったら嬉しいな、と思います。
トマトは僕の考え方では春野菜。
Q:例えば「二十四節気」の春の始まり「立春」は暦の上ではまだ2月で冬ですよね? すると春は?
内田―――そのひと月後の3月からとなります。「立夏」は5月。そのひと月後の6月から8月までが夏。8月の「立秋」のひと月後の9月から11月が秋となります。西洋のカレンダーで捉えると、ややこしく感じますので、日本の暦の話をより詳しくしておきましょう。
Q:すると「立春」には春の野菜はまだない?
内田―――そうです。料理人から転身し青果店で働くようになり全国をまわりましたが、やがて「立春」のころには自然な春野菜はまだ出ないことを知りました。
内田―――そして、人間の都合で農薬や化学肥料を使用し人間の身体に負荷になる「とにかくあれば良いという野菜」を作ってきた現代農業の方法に疑問を感じ、日本のどの時期にどの野菜が適しているのか、南北縦に長い日本の環境の中で見極めていこうと決めたのです。
内田―――そんな中で気が付いたのが、日本の暦です。暦で示されていることは日本の自然環境そのものでした。暦は野菜の生育と繋がっていました。「二十四節気」で示される旬野菜の例でお伝えすると、一般的に皆さんが夏野菜と思っているトマトは、実は4月の「清明」という暦の季節に市場に出てきます。緯度が低い九州中南部や四国産が生産地としては旬を迎えているからです。九州南部や四国の4月は、トマトが産まれた南アメリカのアンデスのペルー、ボリビア、エクアドルの山岳地帯に近い気候環境になります。この時期、暦の「二十四節気」では春の季節です。だからトマトは春野菜と捉えることが本来の日本野菜の「旬」の読み方なんです。
内田―――日本で野菜の「美味しい」を考えるときは、「暦の知識」と、「その野菜のルーツ、また日本へ渡来した経由地の環境」に目を向けるべきです。野菜には、そもそもの起源があり、日本に渡来するまでの大きな移動の歴史があります。そもそも原点の環境における性質があり、さらに日本に至るまでの経緯の中で付加された性質があり、結果、今日本で付き合えるそれぞれの野菜に、固有の「旬」の捉え方があるのです。これを実は多くの人は知らない、または気にしていない。もちろん気にしなくても、美味しい、旨い、で料理と向き合ってよいのですが、料理するときこれを知っているか知らないかは、だいぶ違うことになる。料理を創作しようとすると、この素材はいつ本当においしいのかという壁にぶつかるのです。
Q:「旬」というのは、日本の収穫期だけの話ではなかったんですね?
内田―――そうです。日本の自然野菜の「旬」を捉えるには、日本のそれぞれの土地の季節環境の話と同時に、日本の主たる野菜の2大起源の環境を知っておかねばなりません。2大起源とは、一つは地中海沿岸、西アジアを含めたその周辺。もう一つは中南米西側に9,300キロメートルにも及ぶアンデス山脈周辺であることです。一部中国産等がありますが、日本で馴染み深い野菜は、ほぼこの2大地域をルーツとするものたちです。このルーツの地域の気候風土・環境が、野菜の原初的な性質を決めています。日本であるからといって、そこでの生育の仕方から大きく外れて生育しているわけではないのです。そして、長い歴史の中で、人によって移動され経由地の自然環境にも影響され、日本に渡来しています。経由地の自然環境にも影響され、やや変異してきたものもありますが、まずはルーツの自然環境での生育適応を遺伝子の中に持っていますので、このそれぞれのルーツの自然環境を日本に置き替えて、似た生育環境で、いつ熟してくるかが「旬」を捉える上では、とても重要な視点となります。
内田―――「二十四節気」というのは、一年を24等分15日ずつにした上、太陽の日長変化で春夏秋冬4つの季節の移りをさらに3つずつに分け、その3つの中に2つずつ分けています。つまり15日ごとに、それぞれの季節を分別していたのです。「二十四節気」では、15日ごとにイメージする名前が付けられました。この名前は、季節の訪れを一歩先んじて感じる名前になっており、農耕作業を進めるための指針になったものでもあったのです。しかもこの仕分けには、さらに花の開花、虫や鳥の出現等の自然の変化までを名に落とし、5日ごとに分別した「七十二候」という仕分けまでが存在しています。古くから日本では、季節の移り変わりを15日、さらに詳細には5日で感じてきたのです。日本には季節の変化、はっきりした「四季」があり、これによって世界のなかでも多様な植物や多様な食材をもつ恵まれた国土となっています。しかし古来から日本人はこの「四季」の中に、さらにもっと細かい差を見つめてきていたのです。それが、「二十四節気」であり、「七十二候」という暦の言葉に落とされているのです。これこそ、一年の中で移ろう豊かな自然がここにあることの証であり、恵まれた食環境、素材環境にあることの証なのだなあと感じます。野菜を含む植物たちは、この細かい月日の仕分けに対応して、熟す時を移ろっているのです。
内田―――日本の自然野菜の「旬」を読み解くには、それぞれのルーツをたどり、また日本における暦の仕分けに照らすことがとても大事だと考えるようになりました。暦は先人の自然と付き合う知恵です。これこそまさに自然野菜が生育する季節と、「旬」のヒントを示しているのです。
Q:次回からいよいよ季節ごとのお野菜の話になります。
内田―――そうですね。「二十四節気」の中で息づく野菜のお話をいろいろしてまいりましょう。お話の中の見出し等に出てくる「小寒」…といった言葉が、暦の「二十四節気」で分類される時期の言葉になります。覚えていただけると、さらに日本の季節と野菜のつながりを身近に感じて頂けると思います。では、お楽しみに。