おわりに
内田さんの「二十四節気」から読み解く旬の野菜のおはなし、いかがでしたでしょうか?
最後に、八十八夜のある吉祥寺について、一言。
東京武蔵野市吉祥寺、井の頭恩賜公園内にある井の頭池には湧き水が湧いています。これを水源としてその水は神田上水となり、古くは江戸の人々の暮らしを支えていました。江戸の人口が増え、水が足りなくなることが予想された江戸幕府は、玉川上水の整備を行ない、2大上水として江戸を支え続けました。玉川上水が整備された後も、この井の頭池は江戸の半分の人口を支え続けたのです。井の頭池が神田上水の源流であることは今に至って変わりなく、吉祥寺が人にとってこのうえもなく大事な「水」に大変ゆかりのある土地であることがわかります。人々の暮らしを支える「水」のある街、吉祥寺。この視点からも、吉祥寺という街の個性が、人々の「暮らす」「生きる」ということにかけがえないポジションにあり、興味深い地であることがわかります。
そんな街に暮らす皆様に、大事な食を通してお役に立てるよう八十八夜はあります。開業以来、この八十八夜の背骨は、築地御厨の内田悟さんのお話でした。その内田さんのお話を今一度広く皆さんにお届けし、お役に立てていただきたいと内田さんと相談しこのお話をまとめ直しました。
日本の「暦」の中には、日本の自然の姿、季節の移り変わりが記されています。「二十四節気」「七十二候」という細やかな季節の捉え方は、多彩な自然に恵まれた幸せなこの地、日本に生きた日本人ならではの知恵でしょう。「野菜はそもそも自然そのもの、その自然を知り自然と寄り添うように付き合うことによって、私たちの食の恵み本来の、宝のような“旨味”を感じることができるのだよ」と内田さんはおっしゃいます。いつのまにかあいまいになってしまった、おいしい野菜と「旬」のタイミングの関係。それは自然そのものを知ることでした。私たちが忘れかけている自然と人の付き合いそのものを記し示した「暦」という財産。私たちはこの「暦」をもう一度思い出して、日本人はとても細やかな自然との付き合い方を知っていたのだ、ということを今後も伝えあいたいと思います。
食は、自然と付き合うことであり、自然を食し、私たちは生き、そしてまた私たちも土に帰る。私たちも次の自然を形作る要素そのものになります。「再生」は自然そのもののサイクルだということを感じます。内田さんは、ときどき、ぽっと口にします。
「野菜は女性そのものなんだよなあ・・・」。
かしこ